株式上場と聞くと、東京証券取引所のプライム、スタンダード、グロース市場を思い浮かべる方が多いでしょう。
しかし、もうひとつの選択肢として「東京プロマーケット(TOKYO PRO Market:TPM)」について耳にする回数も増えてきたように思われます。本稿では、TPMがどのような市場でそのメリット・デメリットは何か、そして一般市場(=プライム、スタンダード、グロース市場)と異なる点について解説します。
TPMも東京証券取引所が運営する市場の一つではありますが、その決定的な違いは、プロ投資家(特定投資家等)だけが参加できる市場であるという点です。
原則として一般の個人投資家はTPMで取引ができません。この「参加者が限定されている」という点が、TPMの根本的なスタンスです。
TPMが上場を目指す企業にとって魅力的に映る理由の一つが、上場時の数値基準・形式基準が一切ないという点です。
一般市場で求められる株主数、流通株式比率、時価総額、利益額といった数値的な要件がTPMには存在しません。
これにより、赤字企業や設立間もない企業でも、理論上は上場できる可能性があります。そのため、様々な成長ステージにある企業に門戸が開かれており、上場を目指せる企業の種類や目的自体を根本的に変える可能性を秘めています。
数値基準がない代わりに、TPMでは企業の質に関する「実質基準」が厳しく見られます。例えば、適切なコーポレートガバナンス体制、内部管理体制、公正な事業運営、そしてタイムリーな情報開示能力などが厳しく問われます。これらは市場の信頼の根幹をなす要素だからです。
また、TPMの上場審査は東証が直接行うわけではありません。ここで登場するのが、東証が認定した「J-Adviser」という存在です。証券会社や監査法人などがJ-Adviserとなることが多く、企業の上場適格性の評価から、上場準備、さらには上場後の情報開示サポートまでを一貫して担当します。上場後もJ-Adviser契約を維持することは義務でもあることを認識しておきましょう。
東証本体や主幹事証券会社が審査・監督の中心となる一般市場とは、この仕組みが大きく異なります。J-Adviserがいわば公正な目利き役であり、かつ企業の伴走者としてサポートしてくれるため、企業にとっては心強い存在と言えるでしょう。
TPMは、実務面においてスピード感とコスト面で大きなメリットを提供します。
前述のように、TPMには多くのメリットがありますが、株式の流動性が低く、資金調達には適さないことは考慮しておくべきでしょう。
参加者がプロの投資家に限られているため、一般市場ほど活発に株が売買されることは少なく、流動性は低くなりがちです。そのため、公募増資(一般個人を含めた様々な投資家から株を買ってもらい、大規模な資金調達を行う)にはあまり向いていません。
しかし、上場することで会社の信用力は向上するため、例えば、銀行からの融資条件が有利になったり、プロの投資家から直接資金を調達できたりする可能性はあります。大規模な公募増資は難しくても、資金調達の道が完全に閉ざされるわけではありません。
大規模な資金調達以外の目的でTPMへの上場を目指す企業は非常に多く、その背景には以下の要因があります。
TPMは、単に一般市場の簡易版や下位互換ではなく、プロ投資家向けという明確なコンセプトのもと、柔軟な基準、迅速なプロセス、低いコスト、そして経営権の維持しやすさといった独自の価値を提供している、全く性質の異なる市場と言えます。
さらに言えば、TPMは一般市場ほど短期的な業績プレッシャーや数値目標に追われることなく、上場企業としての規律やガバナンスを実践できる場とも捉えられます。短期の利益追求ではなく、長期の目線で持続的成長を促す土壌となる可能性も秘めているのかもしれません。
最後に、TPMと一般市場(プライム・グロース)の特徴を比較した表を掲載します。
「何のために上場するのか」という目的によって、最適な市場は変わってきます。TPMは、資金調達以外の価値を求める企業や、将来の一般市場へのステップアップを見据えている企業にとって、有力な選択肢の一つとなり得るでしょう。
項目 | 東京プロマーケット(TPM) | 東証一般市場(プライム・グロース) |
対象投資家 | プロ投資家(特定投資家等)に限定。一般個人は取引不可 | 国内外の機関投資家・個人投資家など、幅広い投資家が対象 |
上場基準 | 数値基準(株主数、流通株式比率、時価総額、利益額など)が一切ない | 厳格な数値基準(高い時価総額、流通株式比率、利益など)がある |
審査基準 | 企業の質に関する実質基準(コーポレートガバナンス、内部管理体制など)が重視される | 厳格な実質基準に加え、持続的な成長と企業価値向上への取り組みが求められる |
審査体制 | J-Adviserが評価から準備~開示サポートまで一貫して担当(東証はJ-Adviserを認定・監督) | 東証が上場審査を実施。主幹事証券会社が企業をサポート |
監査期間 | 通常1年 | 原則2年間 |
承認期間 | 東証への申請から原則10営業日 | 一般的に数ヶ月(審査内容や企業規模による) |
情報開示 | 四半期開示や内部統制報告書の提出が任意 | 四半期開示、内部統制報告書、適時開示が義務 |
開示言語 | 日本語または英語 | 日本語のみ |
上場準備・維持コスト | 他市場と比して低い | 高い(監査費用、開示費用、証券会社手数料など) |
資金調達 | 大規模な公募増資には不向き信用力向上による銀行融資やプロ投資家からの直接調達が主 | 大規模な公募増資が可能で、多様な資金調達手段がある |
流動性 | 株式の流動性が低い傾向にある(参加者が限定されるため) | 流動性が高く、活発な取引が期待できる |
経営権 | オーナー経営者が高い比率で株を保有したまま上場しやすい(流通株式比率の要件がないため) | 経営権維持のために、一定の流通株式比率要件を考慮する必要がある |
信用力 | 「東証上場企業」としての社会的信用力・知名度が向上 | 非常に高い社会的信用力・知名度を獲得できる |
■参考リンク:「2025 上場ガイドブック TOKYO PRO Market編」https://www.jpx.co.jp/equities/products/tpm/listing/01.html